古本のともしび洞−店主の独白

ネット古本店ともしび洞のおやぢが、世迷い言を綴ります。

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2008.07.05 Saturday

要る分減殺

 某所で聞いた相続にまつわる話。相続税だけでも数千万円になるという富を自分一代で築いた人が亡くなった。遺言では子供や孫に財産を分け与えることになっているが、配偶者には何も当たらない。90歳を超えたその配偶者から遺留分減殺の主張がなされたということらしい。話し合いの結果、配偶者は遺留分に見合う額の財産は手に入れることが出来たが、それでもまだ 「こんな売れもしない株を貰っても、相続税が重くなるだけだ」 などと曰っている。

 人間、こんな年齢になってもやはり欲はあるものなのか。それとも、執着の強い性格だからこそ長生き出来たということだろうか。この歳になったとしたら、私なら、今さら身内と争ってまで財産を手にしたいと思わないような気がするのだが、きれい事に過ぎるだろうか。持って死ねるものでなし、最低限あと数年の人生を暮らしてゆくのに要る分だけあれば十分だと思うのだが・・・。





2008.07.01 Tuesday

怒鳴りは何をする人ぞ

 今、夜の11時前。窓の外から何やら大声で怒鳴る声が聞こえる。通りを隔てた斜め向いにカラオケ店があるのだが、どうもそちらの方向から聞こえてくるようだ。

 昨年の暮れにここに引っ越して来て、その後しばらくの間はどうということもなかったのだが、数週間くらい前からこのカラオケ店の騒音がうるさくなり始めた。先日昼間に前を通ったときには、店のドアを開けたままで、中で唄を歌っていた。うるさいわけだ。気温が高くなり始めたので、ドアを開けて営業しているということなのだろうか。

 怒鳴り声は 「ワレ、死にたいんかっ! コラァ!!」 と、関西圏以外の住人が聞いたらビックリするような汚いセリフを吐いている。最初は、歌にケチをつけられたとか何とかいうようなことからケンカになったのかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。

 大声で怒鳴っているのは息子、怒鳴られているのはその父親ということのようだ。父親はガンで入院している病院を黙って抜け出し、カラオケ店で酒を飲みながら唄を歌っていた。行方不明になった父親を、家族や知り合いが総出で捜していて、ようやく見つけだしたというのが大凡の事情らしい。

 別に聞き耳を立てていたわけではないのだが、一里四方にでも響き渡ろうかというくらいの大声で 「オマエ、ガンで死にかけとるんやろがっ!」 「医者に止められとるのに酒飲んで、どないする気じゃ! そないに死にたいんやったら、今すぐ死ねっ! 死ねっ、死ねっ、死んでまぇっ!!」 「皆に頼んで探してもろとるんぢゃ、迷惑掛けとるんが分からんのか、ボケっ!!」 などと喚いているので、嫌でも事情が分かってくる。

 迷惑を掛けられて腹立たしく思っている息子の気持ちも分からなくはないが、怒鳴りつけたからといって、親父が今後は大人しく病院にいるとは限らない。いや、大人しく病院にいる方がむしろ不幸なのではないか。親父は80過ぎらしいのだが、その歳でガンなのだ。私がこの息子の立場なら、父親が犯罪等の世間に迷惑を及ぼすような行為をしでかすのでない限り、好きにさせておくだろう。

 親父が病院から抜け出したのを心配しているようだが、そんなに心配ならば、普段からこの息子は頻繁に面会に出向いていたのだろうか。病院の夕食は早い。夕方の5時や6時には食事が終わってしまう。その後は長い長い夜が待ち受ける。面会に訪れる者もなく、孤独な夜が続く。考えるのは自分の病状のこと、この先のこと。ガンという不治の病、80過ぎという自分の年齢。それと向き合って毎晩毎晩、長い夜にひたすら耐えねばならないのだ。

 親父は、息子に言われるまでもなく、今すぐ死にたかったのだろう。酒を飲んでカラオケに合わせて歌いながら、そのまま息絶えたかったに違いないと思う。





2008.06.29 Sunday

今はもう誰も

 アリスがカヴァーして大ヒットしたけれど、私にとっては、この曲はあくまで “ウッディー・ウー” の唄なのです。アリス版ではなくウッディー・ウーのオリジナルをもう一度聞きたいと、ずっと探していました。つい先日、T屋で彼らのヴァージョンが入った CD を見つけて、何度も何度も聞き返していたところです。今日、YouTube に UP されているのを見つけました。ぜひ一度聞いてみてください。

 佐竹俊郎さんのご冥福をお祈り致します。合掌。








2008.06.28 Saturday

死んだ男の残したものは

 asahi.com によると、「27日午前6時35分ごろ、東京都府中市是政3丁目の公園で、年配の男性が倒れているのを通勤中の女性が発見、110番通報した。ホームレスの男性が血を流して死亡しており、頭を殴られ、胸などには切り傷があった」 とのこと。

 今のこの社会に順応出来ないことは、そんなに悪か? 人生の階段のどこかで躓いてしまったら、その人間は社会から爪弾きにされねばならないのか? 多数派と相容れないからというだけで、抹殺されても仕方がないのか?

 自分が死ぬ日のことを時々想う。どうせロクな死に方はしないだろうと覚悟はしている。さすがに殺されて死ぬ可能性はそんなに高くはないだろうけれど、路上で野垂れ死ぬのは既に殆ど確定したようなものだ。

 この国では、殺されでもしない限り、ホームレスの死はもはやニュースにもなるまい。ひっそりと野垂れ死ぬか、殺されて新聞紙上を飾るか、もし選択することが許されるのなら、私は迷わず前者を取る。





2008.06.25 Wednesday

お祭り騒ぎに眼が眩み

 元暴走族のリーダーが北京オリンピックに出場するのだとかで、マスコミの話題を集めている。“ワル” が立ち直って栄冠を掴んだとでもいった論調で、まるでヒーロー扱いだ。

 冗談ではない。暴走族で悪さをしていたときに、さんざん迷惑を掛けられた人たちがいるのだ。その人たちに 「これまでご迷惑をおかけしてきましたが、私も自らの非に思い至り、ようやくオリンピックに出場できるまでに更生しました。これに免じてこれまでのことはお許しください」 と謝罪の一つでもしたというのか。暴走族で悪さをしていたのも、トライアスロンをやっていたのも、単に自分がやりたいと思うことをやっていただけではないか。日本代表に選ばれるくらいだから、確かに、肉体的能力や競技センスには恵まれていたのかも知れない。だが、好きでトライアスロンをやっていたことや、たまたま能力があってその世界で頭角を現したことは、何の贖罪にもなりはしないのだ。

 犯罪者の “魔女狩り” にあれほど熱心なマスコミが、なぜ彼の過去の非には無頓着なのか。「オリンピックで日本代表になりたいのであれば、過去の贖罪として1か月のヴォランティア活動でもしてからにせよ」 という論陣を張るマスコミがないのが不思議でならない。その主張が唯一絶対の正義だとも思わないが、皆が寄って集って “絶賛一色” というのが気に喰わない。





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